中国の「薬食同源」は、古代哲学思想を根幹としており、中国の伝統医学である中医学から生まれた食文化が薬膳です。中医学の基礎理論の体系には、陰陽五行学説があり、古代の中国人は長期間に渡って自然現象を観察して陰陽の概念を考え出しています。
中医学の基礎理論の中で陰陽五行学説は人類の生存に欠くことのできない五つの物質、木・火・土・金・水、この五つを五行と名づけ、宇宙の全ての物事をこの五行で分類し、その基本的な特性を整理しています。例えば、木は生長し昇発し上達の特性を持っています。
五行の木の季節は春と位置づけています。春は肝が盛んになる時期であり、肝が病むと表裏関係の胆を病むことになります。そして、目が充血したり筋に異常が出たりします。顔色が青くなると肝に異常があることがああります。肝を養うのは酸味のある食材です。酸味の欠乏や過剰を避け、適量摂取することが薬膳の考えです。
酸味といえば酢。そして酢の起源は古く最古の発酵調味料であり、洋の東西を問わず使われてきました。日本では、中国から製法が伝わっています。酢は醸造酢(穀物酢、果実酢)、合成酢、加工酢の3種の酢があり、3~5%の酢酸を含み、酢の主成分は酢酸で、酸味の他に有機酸、アミノ酸などを含み、うま味やさわやかな芳香をもち食欲を増進させてくれます。
【酢の調理における機能性】
1.消化液の分泌促進効果
2.減塩できる
3.疲労回復、食欲増進
4.緊張を緩和しストレスを和らげる
5.調味料としての効能
1)料理の油っぽさを和らげる
2)酵素作用を抑制し渇変の防止(ゴボウ、れんこん)
3)野菜のえぐみ、苦味をとる
4)硬い肉の軟化作用
5)魚の臭みをとる
6)アントシアン系の色素を赤色にする。フラボノイド系色素を白色にする
7)たんぱく質の熱凝固作用(ポーチドエッグ)
8)たんぱく質を凝固させ身を引きしめる(魚の酢じめ)
9)防腐、殺菌作用
中国で酢といえば、中国江蘇省鎮江市名産の鎮江の香酢店を訪問した時に、玄関の掛軸に「酢は醋」と書かれていて、酒は酉の日に仕込み、酒ができて昔=20日おくと酢が製造されると記載されていました。この香醋は中国料理に欠かせない調味料です。
イタリアで酢といえば、バルサミコが代表といえます。ブドウを濃縮したあと木製のたるで3~7年熟成させてバルサミコ酢は製造されます。イタリアの食卓に欠かせないのがオリーブオイル、酢、塩です。アルバーノ在住の聖パウロ修道会のシスターファティマ竹内とイタリアの国内を旅した時に、夜少し疲れたと言われ、バラ型パン・ロゼッタにバルサミコをつけて食べたのは忘れられない思い出の一つです。
4月は日本の和食、春の代表的な酢を使った料理を紹介します。
今回から新シリーズとして、日常生活の中にある地味で、しかし重要な健康増進につながる情報を紹介したいと思います。1回目は炭水化物の話です。
和食はご存知のように、炭水化物を多く含む米を基本とした食文化です。福岡県や佐賀県には古代の人が稲作を行った遺跡があります。米の漢字は図に示したように、九つの籾殻を鋭い刃で脱穀する様子を描いたものと考えられています。江戸時代、武士は白米を食べるようになり、糠にあるビタミンB1を摂取することができず脚気が流行しました。この流行は20世紀初頭まで続き、ビタミンB1の発見で収束しました。戦後、日本は高度成長時代を迎え平均寿命は世界トップとなり、それとともに米の消費量は減少しました。米の年間1人当たり消費量は昭和30年代は100kg以上でしたが、平成28年にはその半分に減少しました。代わりにパン食が徐々に増えてきました。西洋は小麦文化で古来より小麦を粉にして、さまざまな食品を編み出してきましたが、現在、小麦のタンパク質の1種のグルテンが腸管を障害する病気で悩んでおり、グルテンフリーの商品が人気となっています。一方、ほとんどの人は米を摂取しても健康問題はないと思われます。1日に摂る全エネルギーのうち、炭水化物からどのくらいのエネルギーをとれば健康なのかという研究が2018年に報告され、それによると、炭水化物からのエネルギーは50%から60%程度の人が一番健康だという結果でした。現在日本人は、米やパンなど炭水化物からのエネルギーは55%から60%程度の値となっていますので、摂取量としては理想的な値といえます。ただ、米は粒で小麦は粉として食するため、食べた後の血糖の上昇は粒の方がおだやかというメリットがあります。現在、低炭水化物食が注目されていますが、一時的には血糖の減少が起こり魅力的な食事に映りますが、長期的にはあまりいい効果が得られていません。最近では食物繊維の多い米も販売されており、ご飯を食べることで、ビタミン、ミネラル、食物繊維が簡単に取れる米は魅力的です。
地中海料理とは、果物、野菜、ナッツ、豆類、オリーブ油、魚介類、赤ワインが豊富で赤肉、砂糖が少ない食事です。オリーブ油や赤ワインなどを日常いつも摂られている方は多くはないと思いますが、地中海料理は和食と共通している食品が多く、日本人には馴染みのある食事でもあります。加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、いろいろな慢性病を持っていることも影響して、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態をフレイルといいますが、このような食事を高齢者に摂ってもらい、高齢者のフレイルが改善するかどうかを検討したアイルランドの報告です。対象者は65-79歳の612名、このうち323名は、12カ月にわたって地中海料理を食べてもらい、残りの289名は通常の食事を継続してもらいました。その結果、地中海料理を食べてもらった高齢者の虚弱や認知機能の改善の傾向が見られました。また、健康障害となる炎症の反応を抑える作用もわかりました。腸内環境では、腸内細菌の種類が増え、健康増進効果のある短鎖脂肪酸を生産する腸内細菌が増加しました。このような変化は、地中海料理に含まれる食物繊維、ビタミン、ミネラルの摂取増加によるものと考えられました。地中海料理は高齢者のフレイルの発症を遅らせ、健康的な加齢を促すということがわかりました。日本人はナッツをあまり日常生活では食べませんが、野菜や果物、豆類、魚などとともに、ぜひナッツも食べる習慣をつけるといいでしょう。
Gut 2020;0:1–11. doi:10.1136/gutjnl-2019-319654
加齢とともにみられる骨格筋の量と機能の漸進的な低下は、サルコペニアと呼ばれており、転倒、虚弱性、死亡のリスクの増加につながる可能性があります。したがって骨格筋の維持は、健康的な老化の基礎となるものです。筋肉量は、筋肉のタンパク質合成と筋肉のタンパク質分解の間の相互作用で決まります。簡単にいえば、分解する量が合成する量より多ければ、筋肉量の減少が進みます。そのため、いかに合成機能を維持するかが高齢者の健康に大切です。若い世代、中年世代、高齢世代で、どのような食品からタンパク質を摂っているかを調べ、筋肉合成に有利な食事をしているかどうかを検討した英国の報告です。その結果は、1日に必要なタンパク質の量は満たしていましたが、朝、昼、夕の3食でみると、朝食と昼食では高齢者はタンパク質の摂取量が少ないことがわかりました。実は、筋肉のタンパク質合成には、1回の食事である程度のタンパク質の摂取量とその質が重要であることがわかっています。1回にある程度のタンパク質量を摂取しないと、筋肉のタンパク質合成は進みません。また、食品中のタンパク質のアミノ酸の構成からみますと、動物性タンパク質(魚、肉)を摂ることが、筋肉のタンパク質合成の刺激となります。つまり、夕食にたくさん肉を食べても、朝食、昼食でタンパク質摂取量が低いと筋肉のタンパク質合成は進みにくいことになります。1回の食事で体重1㎏あたり約0.4gのタンパク質を摂取すると筋肉のタンパク質合成が進むと報告されています。つまり体重が60kgの人は約24g程度のタンパク質を摂ることになります。日本では、昼食は簡単に済ませることが多いですが、高齢者は朝食、昼食の充実が筋肉を保つために重要な食事となります。ただし、腎臓の病気がある方は、タンパク質摂取に気をつける必要がありますので、その場合は医師に相談してください。
Gut 2020;0:1–11. doi:10.1136/gutjnl-2019-319654
食事をすると、身体は食べ物の消化吸収過程でエネルギーを消費します。これを食事誘発性熱産生といいますが、食事時間によって異なるかどうかよくわかっていませんでした。そこで、1日同じカロリーの食事でも、朝食を多く摂った場合と、夕食を多く摂った場合で、食事誘発性熱産生に違いがあるかどうかを検討したドイツの報告です。対象者は16名の正常体重の男性で、3日間、2種類の異なる食事をしてもらいました。1つは、低カロリーの朝食と高カロリーの夕食を摂取する場合、他方は高カロリーの朝食と低カロリーの夕食を摂取する場合です。どちらも朝食と夕食の合計したカロリーは同じです。食後に食事誘発性熱産生を測定しました。その結果、1日の食事のカロリーが同じでも、朝食は夕食に比べ食事誘発性熱産生が2倍の高いことがわかりました。また食後の血糖値やインスリン濃度は、朝食後のほうが夕食後に比べ有意に低い結果でした。つまり、朝食後の食事誘発性熱産生は夕食後の食事誘発性熱産生より高いため、肥満者も普通体重者も朝食を多く夕食を少なく摂ることで、消費カロリーが増えて体重管理ができると考えられます。欧州には、次のような諺があります。朝は王様のように食べ(つまり豪華な食事)、昼食は王子のように食べ、夕食はけらいのように食べ(つまり質素な食事)ることが健康増進の秘訣。
The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, Volume 105, Issue 3, March 2020